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野上弥生子エピソード【13】


弟思いの弥生子

 小手川家の長女に生れた弥生子は、姉さん肌の人、親分肌のところもありました。気性も強く、はげしい面もありました。弟思いで、6才年下の弟武馬(後の金次郎)が早稲田大学に入学すると、弥生子は自宅に下宿させました。弟の金次郎は、大学卒業後、臼杵に帰り、みそ、醤油、酒の醸造業を経営致しました。

 家庭の事も、政治の事も、資金の事も、自分の病気も力一郎や道郎の病の事も、何か困った事があると、姉の弥生子に相談しておりました。昭和11年、支那事変が始まる前年、弟小手川金次郎は衆議院選挙で一宮房次郎の選挙応援をし、選挙違反に問われて拘置所に放り込まれた事があります。

 弟の最初の裁判は有罪でしたが、弥生子は心配して当時、東大名誉教授だった美濃部達吉先生に何度も何度もお願いの手紙を送りました。憲法学者として、高名な美濃部達吉先生に、遂に特別弁護人になっていただき、高等裁判所に抗弁書を提出してもらいました。一個人の選挙違反に、美濃部大先生を動かしたのですから大変な努力です。何とかして弟の有罪をまぬがれさせてやりたいという一心だったと思います。


小手川金次郎(弟)w


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