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野上弥生子エピソード【23】


九十九歳の叫び声

 伯母、野上弥生子との長いおつきあいの中で、私が一番驚いたのは、伯母の叫び声です。

伯母が99歳の時のある日、伯母に大切なお客が来るというので、私は放りっぱなしにされていました。

伯母が隣の部屋から入ってきて、いきなり硝子窓をガラガラとあけて隣の家に住む正子さんに向い、「マサ子さーん」と力一杯叫び声をあげました。

正子さんは20m離れた隣の家に住んでいますが、家の中にいるのですから姿は見えません。姿の見えない嫁を大声で叫んで呼んだのには、私も驚きました。99歳とは想像もつかぬ若々しい声です。

私なら、いくら叫んでも聞こえないだろうと先ず思います。電話をかけたらよさそうなものを急いだのか、面倒に思ったのか、これが99歳のおばあさんのする事かと呆れもし、同時に目的達成のため、全力をつくす姿に圧倒されました。

伯母のあの叫び声を聞いて、まだ5年は大丈夫だと思いましたが、惜しい事に、その後間もなくして3月30日に亡くなりました。

フンドーキン醤油株式会社
会長小手川力一郎

昭和59年3月。生家小手川酒造の求めに応じて「白寿」の色紙を書く


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