第12回

九月十二日 日 晴

 午後は豊田さん来訪。
 事務的な訪問者のほかでこの家に迎えたはじめての人---もっとも昨日渡哲氏は見えたが……階上のアトリエであった小部屋を整理して、落ち着いた気持ちよい書斎をこしらえあげた。

 庭に向いたロトンダは書斎に使うにはあまりに朝から日が当たりすぎる。
 今朝この部屋で『題言』 二枚書く。これが私の東京生活での執筆の初めての仕事である。

 
九月十五日 水 晴
 仕事順調。
 しかしべたべたと暑く、人事的にうるさく疲れがひどいのが感じられる。先日から入っている植木屋が池の下の防空壕を埋めることに取りかかり、あたりの土をかいたて庭がすっかりきれいになった。父さんお昼前から登校。岩波雄二ちゃん来る。迷路一部は十月中旬になるらしい。二部が新年号まで出来るかどうか。掲載は一ヶ月おきにして、題名をその度に変更することに決定。岩波さんでも堀の内にすでに一部の荷物を運んだとのこと。
 
九月十六日 木 暴風雨
 階下の茶の間がまた漏りだした。
 これは焼夷弾の穴のあと始末を素人細工でやった名残の欠陥で、この家の修繕でも一番手数のかかったもの。
 すっかり漏れが止まった筈であるのに、今日の吹きぶりでどこからか水が廻るらしい。これだけは困るが、これだけの風や雨にもビクともせぬ 家は小さい城のかんじである。渡辺町のはダイカグラで、少しの風にも動いて、どうか動かぬ 家に住み渡りたいと考えた念願がようやく達せられたわけである。

 お昼頃、岳陽書房の主人が来る。マリの検印紙1500渡す。
 夕方は相良さん。どちらも食事前の時間なのに悠々と話し込むのを見て、こんなことで日本人がどれだけ多くの時間を費やすかが思われた。
 風月堂の横山氏よりモチ菓子一箱届く。大阪の放送局のフリカへ長野原局で来る。呆れたもの也。

 今日騎士物語終了。


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