参考文献
臼杵の殿様暮らしと食
(大分合同新聞社)

 

第13回 年中行事と食べ物「中元・生身玉」

 氷室とは、冬の水を凍らせた氷を貯蔵しておく場所のことをいい、昔はその氷を6月1日に天皇や将軍に献上し、それを召し上がるしきたりがありました。

献立
【氷餅(かき餅)氷室菓子】
氷餅(かき餅)と氷室菓子の写真
 江戸近辺では富士山などに氷室が作られていましたが、輸送手段も限られている時代、夏に氷を運ぶのは並大抵のことではなかったでしょう。
  そこで、氷に代わるものとして氷餅(凍餅、かき餅)などを食べるようになったとされています。
  稲葉家の日記では氷を食したのは文政3年(1820)と弘化3年(1846)の2回だけで、あとのほとんどは氷餅と記されている 。
献立
【嘉祥(かじょう)】
嘉祥菓子の写真
 嘉祥とは6月16日に行われるお祝いである。この日、大名は登城して菓子を頂戴した。
  この行事の起こりは中世頃にさかのぼるとされ、徳川幕府になってからは万石以上の大名や嫡子などを登城させ、御菓子を賜る儀式となりました。
  このために莫大な菓子が用意され、これが菓子の普及の要因のひとつになったと考えらています。江戸城で用いられた菓子は鶉(うずら)焼、あこや、きんとん、饅頭、羊羹、よりみつなどであった 。
 この風習は庶民にも広まり、嘉祥喰いといって十六にちなんで銭十六文で菓子や冷麦などを買って食べたりしました。
  再現したものは、近年日枝神社に奉納される菓子である。現在では6月16日は和菓子の日となっています。